出張で大震災

3月7日より埼玉県の鴻巣に出張しておりました。
往路、中央道でまさかのチェーン規制!!
使うまいと思いながら買ったチェーンを巻く羽目になり、何となく嫌な出だし。
仕事そのものは順調。
3月9日、三陸沖で地震が発生。 埼玉もけっこう揺れて怖かった。
さらに余震の中で仕事をしていた3月11日。
この日は小生の誕生日。ケーキでも買って帰るかなどと思っていたところへ
あの大地震!!
最初、9日の地震の余震と思い込んでいたことと、着替えて入るクリーンルーム内
であったため避難が遅れて危うかった・・・・
長い揺れの後強烈な揺れに襲われ、慌てて逃げ出した。

この日は仕事を切り上げて撤収したが、停電で信号が消えて怖い怖い。
何とか宿の ホテルグランティア羽生 に帰り着いてみたら
ロビーを避難所として開放するかわりに宿泊客も部屋には入れないとのこと。
すでにたくさんのの人が 「避難所」に居る。 なんと 被災 してしまった・・・・
仕方なく避難者の一人になり、ホテルがカセットコンロで炊き出してくれた
おにぎりと味噌汁をもらう。
夕食はこれだけであったが忘れられないほどおいしかった。
女性従業員が懐中電灯を持って先導してくれた。
他の人の邪魔にならぬよう最初は車に居たが、22時頃に電気が復旧。
暖房が入ったホテル内に戻り、食堂の椅子を繋げて横になる。
余震が多く、緊急地震速報の誤報もあり、眠れない。

翌朝は、ホテル併設の温泉「華のゆ」が無料開放。
さらにバイキング朝食も無料。
宿泊客である小生はもともとこれらは無料なのだが、
この日は宿泊料も無料にしてくれた!!
自分たちも不安だろうにほんとによくやってくれた。

ルートインホテルズ ホテルグランティア羽生 あっぱれ!!


次の日は通常通り部屋に入れたが、余震・緊急地震速報・原発ニュース
でとても眠れない。
浴衣は着ずに、仕事着のまま横になっていた。

13日で仕事を終え、夕刻より帰路につく。
津波の映像が目に浮かび、帰路もやはり中央道を選んだが
山梨県・長野県でも余震が頻発していて、緊張のドライブになった。
すでに一般道のガソリンスタンドは長蛇の車列。売り切れが続出し、
高速のSAでも20リッター規制されている。
SAごとに並んで満タンにしながら走り続け、岐阜県の恵那峡SAでようやく仮眠。
かなり疲れているはずなのに2時間ほどで目が覚めてしまう。
14日朝、ようやく帰阪。近くの吉野家で朝飯にありついた。

帰宅後に疲れがでて、二日会社を休んでしまった。
この程度の 被災 でそうなのだから、被災地の人たちは
本当にがんばっておられると思う。

いやはや さっぱりです話。

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